JOURNEY OF BAGRU THEIR FABRICS バグルー村の布と人の旅

FREE PAPER Vol.2
~Mula:working cloth(ムーラ)のオリジナルテキスタイルをつくるため、インドの手仕事布の産地「バグルー村」を旅した記録~

<「この人のこの布!」を探す旅>

ウッドブロック(木製のハンコ)を使い、一押し一押し模様をつけていくブロックプリント。バグルー村では古くから自然の色でブロックプリント布が染められており、その布はおおらかで力強い。この村のこの技術で、ムーラのオリジナルテキスタイルを作りたいと思い立ち、拠点の街ジャイプールから片道35kmの旅に出た。

バグルー村はジャイプールとアジメールを結ぶアジメールロード沿いにある。移動はゲストハウスで借りたスクーターに、ワタシ(ツジマミ)とタイジロウさん(今年から一緒に仕事をしている旦那さま)で2人乗り。ちなみに運転は国際免許を持っているワタシで、後ろには、まだドキドキしながらまたがるタイジロウさんと二人でカオスなインドの道路を行く。男性社会のインドでは多くの女性が運転免許を持たない。旦那の運転するバイクの後ろに、鮮やかなサリーをはためかせながらお姫様のように横乗りで座っているインドの奥様の姿がとても可愛い。本当はそんなのにも憧れるけど「ワタシはワタシ!」とハンドルを握る。路肩でぼーっと歩く野良牛をかわし、手書きで派手にペイントしたインド式デコトラの横をすり抜け、逆走バイクにひやっとしつつも、今日はどんな出会いがまっているだろう!とワクワクしながら安全運転でアジメールロードを走る。

<布の産地なのに生地屋がない!>

世界の布好きたちのあいだで「インド・バグルー村の自然染めブロックプリント」は有名だ。しかしジャイプールの観光エリアでもたくさん手に入る為か、村には特に観光客が来るわけでもないようで、バザールには日用品を売る店やチャイ屋が並び、通りを少し入ると住宅が並んでいる、よく見るインドの田舎町の様。一見、染めの産地だと思えないくらい、プリントファクトリーはおろか、生地屋さえも見当たらない。「でも、この村のどこかに」と思い、まずは聞き込み調査から開始!いつも「人」から何かが始まるものなのだ。

とりあえず同じ布ということでサリー屋(※サリー:長い布をドレスようにまとうインド女性の伝統衣装)のおじさんに声をかけてみる。「この村名産の自然染めブロックプリントのファクトリーを探しています。知ってますか?」オーナーらしきおじさんが「自分の店はポリエステルのサリーしかないし、うーん、知らないなー・・・」表情豊かなおじさんは、困った顔をするが、すぐに好奇心いっぱいのキラキラした目で「なんで探してるんだ?ところで、君らはどこの国から来たんだ?二人は夫婦なのか?チャイは好きか?」と、すっかりインドペース。チャイをいただきながら、一通り質問に答えて、すっかり打ち解けた頃、その店の取引先の業者の若者が納品にやってきた。話題はみんなでシェアがインド流。おじさんは「この日本人たち、ブロックプリントのファクトリーを探してるみたいで、どこか知ってる?」シンプルなシャツをきっちり着た、まじめそうなその若者は「それなら自分の会社の向かいにプリントファクトリーがあるから、ついてきなよ。」「さぁ来た、ここからだ!」私たちは目を合わせてニヤリとした。

<堪能な英語より大切なのは、理解しようとすること、伝えようとすること>

「知らない人について行ってはいけない。」子供にも言われる当たり前のことだが、その人が「どんな人」かは、話していたら見えてくる。話し方や言葉のスピード、目や表情や体の動き、服装や装飾品などから、その人の人となりが見えてくる。最後は自分で判断する。「この人は大丈夫。」

サリー屋のおじさんにお礼を言って、その人のバイクの後をついていくと、メインバザールの脇にある建物の、開きっぱなしの鉄製ゲートを入っていく。「プリントファクトリーだ!」私たちのバイクの音を聞きつけて建物の奥から人が出てきた。私たちを送り届けてくれたその若者と、出てきたお腹の丸いお兄さんはいくつか話をし、お互いに「ダンネワール(ありがとう)」と言葉を交わした。若者は私たちに目配せをして出て行った。そのお腹の丸いお兄さんがファクトリーを継いだ現オーナーらしく「ウェルカム!」と笑顔で歓迎して、早速ファクトリーを案内してくれた。ファクトリーを歩きながら、自分たちのファクトリーはいかに歴史が長く、たくさんの外国の会社と仕事をしていて、たくさんの日本人と知り合いなんだ、と口早に教えてくれる。事務所で生地サンプルを見せてくれて、積極的に染料やデザインの意味などを説明してくれるのだが・・・なんだかしっくりこない・・・。

お腹の丸いお兄さんの英語は堪能で、自分たちの仕事にプライドを持っていて、目は輝いている。悪い人ではないし、仕事のできる人だろうなぁ、とは思うが・・・お腹の丸いお兄さんの「話したい!」の弾丸の前に、ワタシのつたない英語の質問はどんどんかき消されてしまう。英語という言語のおかげでお互い理解できるのに、コミュニケーションがとれない。質問や会話のキャッチボールができない。コミュニケーションとは、「理解しようとすること、伝えようとすること」だと思う。ここがよいファクトリーであろうが、これでは一緒に仕事が出来そうに無いので、程よく話を切り、お礼を言って早々においとま。バグルー村の、「この人のこの布!」探しの一軒目はダメ。でも、まだまだこれから!何事も「人」が一番大切。妥協はしない。再び二人でスクーターにまたがり、バグルー村にくり出した。

<交差点でミッション発生!?RPGさながらの出会い>

インドの自然染めの布は、染めた後や水洗いの後、地面の上に広げ太陽の光で布を乾かすので、染料のにおいと一緒に土のにおいがする。8~11mの大きな一枚布を何枚も地面に広げて乾かす風景は圧倒的だ。スクーターで走りながら、そんな風景を思い描いていた時、閃いた。「そうか、郊外か!」・・・つまりプリントファクトリーには広い土地が必要だ。

村の少しはずれを走ってみる。村のはずれはずっと続く半砂漠。背の低い木々が点々と立っていて、道なきところにバイクのタイヤの後がある。砂が溜まった郊外の道路を走ると広い敷地に紙や木工などの工場は点々と見つかるが、肝心のプリントファクトリーが見当たらない。気づいたらぐるっと回ってさっき走ったバザールの交差点に戻ってきていた。交差点内でどっちに曲がろうか考えていたとき、交差点の向こうの人ごみから「ヘーイ!プリントファークトリーーーー!!!」と大声でインド訛りの英語でその言葉が飛んできた。その方向を見ると、なにかの紙切れを片手に、こちらに手を振りながら「プリントファクトリー!」と何度も叫び、こちらに駆けてくるひょろっとした一人の男性・・・。二人で唖然としていると、そのひょろっとした人は近くに寄ってきて、前のめりで「家族がプリントファクトリーをやっている。この近くだ。ついて来い。これが(紙切れは名刺だった)そこの名前と住所だ。」というようなこと言うが、この訳の分からない状況に対してなんの説明も無い。

確かにプリントファクトリーを探しているのは私たちで、今も捜しまわって見付けられず、人に聞きたいところに、いきなり向こうから教えてくれるという人が現れた・・・。私たちの噂を聞きつけた業者の人間?でも状況が理解できない。騙そうとしている様には見えない、悪い人にも見えないけど、その人があまり英語ができないのと、走ってきて息が切れているのとで、うまく会話にならない。この謎過ぎる状況の中、ついて行くか、行かないか・・・。少し迷ったが二人でついて行くことを決めると、そのひょろっとした人は「2kmくらいあるから歩けない。スクーターの後ろに乗せてくれ。」と言う。インド映画でよく見るアレを体験することになるとは・・・。ワタシが運転、真ん中がタイジロウさん、後ろにひょろっとした人、訳が分からない状況が更にパワーアップ!

後ろのその人が腕を伸ばして右や左を指示し、砂っぽくてガタガタの道を、大人3人を運ぶスクーターはしばらくのろのろと走ると、郊外(やっぱり!)の一軒の平屋のファクトリーの前で「ここだ!」と言われ止まった。そのひょろっとした人はオフィスに入り、中の人と話している。しばらくしてオーナー(この人も丸っこいお腹)が、名刺を差し出してきて挨拶をしてくれた。謎!な人から紹介されたファクトリーだったが、作業を見学させてもらうと、数人の染職人さんたちが黙々とブロックプリントをしていた。20cm角くらいのウッドブロックをつかって、ひたすら同じ作業を繰り返し、何百mも模様を染めていく。1枚の布に4色の色があれば、4つの版がある。1色ずつ4回も同じ場所に版を押す。途方も無い作業を毎日坦々と繰り返していく・・・。この風景が昔からずっと変わらないバグルー村のブロックプリントの風景だ。

感動しつつ、仕事の話をするためオフィスに戻った。丸っこいオーナーに、私たちはバグルー村でオリジナルデザインの自然染めのブロックプリントをつくりたいと思って来たことや、ブロックプリントで出来る版の揺らぎが面白いと話すと、穏やかな口調で「これは伝統柄のブロックプリントだよ。こんな伝統布も面白いし、あなたのオリジナルも染めることができるよ。」と何枚かのプリント布を出してくれた・・・が、出てきたプリント布が、ブロックプリントじゃない・・・。伝統柄でソレっぽいけど、版の継ぎ目が無いし、シルクスクリーンプリントだ。丸っこいオーナー間違った?実は目が悪い?思い切って「これ、版の継ぎ目が無いからシルクスクリーンですよね?」と聞くと、丸っこいオーナーは眉間にしわを寄せ「ここと、ここに継ぎ目があるじゃないか。ほら、こことか!」と布に指差す。が!その指も泳いでいる・・・。分かってて嘘をついている。ひとつの嘘があれば、信頼なんてできない。「一緒に仕事をしましょう」という話をしているのに、この先信頼できるはずが無い。残念ながらここもダメ。「やっぱり、やめます。」と言って、話も途中に外に出た。外には連れてきてくれたあのひょろっとした人がいて「どうだった?」と聞いてきたけれど、「ごめん。違うところに行きます。」と2軒目のファクトリーを後にした。嘘に気づくと、元気な心も疲れる。ちょっとグレーな気持ちで、また手がかりがゼロになった。

<経験と執念と嗅覚>

なかなか思うところに出会えないどころか、ファクトリーすら見つからない。どうしたものか、と村の中心地のほうに戻り、メインバザールの商店の並びを眺めながら走っていると、商店と商店の間の、砂敷きの細い路地の向こうに一瞬、青い水溜りのようなものが見えた気がした。「あ!インディゴ(藍)の染やってる!」

違うかも?いやでも、行ってみよう!普通の民家や何かの工場の敷地だったら、「道を間違えました!」って言って出ればいい。そう心に決め、スクーターを引き返し、砂敷きの細い路地の先へ・・・。商店街の裏側であるそこは広い敷地が広がっていて、地面にはブロックプリントで染められたインディゴの布が!「あった~!」・・・経験か、執念か、嗅覚か、何にせよ、見つけた!

入り口の脇の木陰にスクーターをとめていると、向こうからひとりの男性が小走りに走ってくる。(インドの人は、よく走るみたい。)すらっと背の高いその人は「名前はラメーシュで、人からはランバブーと呼ばれています。」と丁寧に挨拶をし、私たちも自己紹介をして「急に来てすみませんが、ファクトリーを見学できますか?自然染めでブロックプリントのファクトリーを探しています。」と伝えた。すると、「どうぞ、向こうの建物がファクトリーです。」と自分が駆けてきた方に案内してくれた。

<「手仕事」は「人」>

さっきまで見てきたファクトリーの1/4くらいの大きさの、レンガ造りの小さなプリントファクトリーは、台の上にプリント作業中の布が数枚置いてあって人は居なかった。ちょうどランチタイム(2時頃)らしく、職人さんは皆休憩中とのこと。ランバブージー(「~ジー」はインドで「~さん」にあたる)は、そこにあったウッドブロックと新聞紙を使って「このようにプリントをします。」「今の説明は分かりましたか?」とゆっくり話し、目を見てしっかり説明してくれる。バグルー村の伝統色である「赤・黒・黄茶」は完全な自然染めの色で、「緑・紫・青(藍)」は自然から抽出された色だけど、化学的なプロセスがあることなども、隠さずに教えてくれる。インド茜の赤は、高温のスチームをしないと、発色がよくならないことなど、彼の丁寧な説明に聞き入ってしまう。職人さんたちの仕事もまた、誠実で心地よい仕事。そうそう、日本でもインドでもちゃんと居る、誠実な人たち。「よかった、やっと出会えた。」バグルー村の「この人のこの布!」を探す旅は、よき実りを結んだ。

いつも思うことは、「手仕事」は「人」であること。手で染めるブロックプリントだけではなく、人の手でつくられるものには、つくった人のカケラを感じることが出来る。不揃いの手仕事のものであっても、そこから感じられるものが、投げやりな適当感ではなく、肩の力の抜けた誠実さであるならば、それはよいものであると思う。

 

<バグルー村でランバブージーとつくる、オリジナルテキスタイル>

インドのおおらかさと力強さを持った自然染めの色。ランバブージーの誠実なブロックプリントワーク。この旅の出会いから出来上がった新しいオリジナルテキスタイル「バグルー村の夜空の星たち」「ギンガムチェックシリーズ」など、ムーラのオリジナルテキスタイルを通して、皆様のところへインドの心地よさが届きますように。

                                                                   write by design labo chica Tsuji Mami 2016.8.2

※写真左から/「ランバブージーと2人の息子たち」「ファクトリーの職人さんが染めていた伝統柄のブロックプリント」「ドンッ、ドンッと一押し一押しウッドブロックを使って模様を染めていきます」

※写真左「バグルー村の太陽の花(他色展開あり)」中央「バグルー村の夜空の星」右「ギンガムチェック・インディゴ・ダブ(他色展開あり)」

<この記事はFREE PAPER Vol.2として2016年8月に発行されました。>